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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)1155号 判決

原告 甲野一郎

右法定代理人親権者父 甲野太郎

同 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 葛城健二

被告 枚方市

右代表者市長 山村富造

右訴訟代理人弁護士 河合伸一

同 河合徹子

同 板東宏和

右訴訟復代理人弁護士 谷口進

被告 乙山次郎

右訴訟代理人弁護士 末永善久

同 森野實彦

主文

一  被告枚方市は原告に対して金二、四一一、二八七円及び内金二、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和四五年六月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告乙山次郎に対する請求はこれを棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告枚方市との間に生じた分は被告枚方市の負担とし、原告と被告乙山次郎との間に生じた分は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対して各自二、四一一、二八七円及び内金二、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和四五年六月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は昭和四五年六月二四日当時枚方市○○○×××番に在る同市立○○小学校の一年生であり、被告乙山次郎の長男である訴外乙山春夫(昭和三七年六月三日生、以下春夫という)は同小学校の二年生であった。

(二)  当時訴外竹村正一は同小学校の校長であり、訴外湯川陽は春夫の担任教諭であった。

(三)  被告枚方市は同小学校の設置者であり、訴外竹村正一、同湯川陽の使用者である。

2  原告は昭和四五年六月二四日午前八時四五分頃友達のFが始業の第二回目のベルが鳴っても登校しないので、校門付近(校内の内側約一〇メートル)で、その登校を待っていたところ、背後に人の気配がするので振り向くと、突然春夫がパイプの折たたみ椅子を振りおろして、原告の頭部を殴打した。ために原告はその場に昏倒し、数分間失神状態となった。

3  原告は当日給食もとらず、授業終了後直ちに帰宅したが、頭痛がひどく、嘔吐するので、午後五時すぎ、近くの坂根医院で応急手当を受けた。しかし原告はその後も約一週間高熱が続き、頭痛、嘔吐が止まなかったので、関西医科大学附属香里病院、大阪警察病院等で診察を受けたところ、頭部外傷後遺症により脳波に棘徐波結合が認められ、痙攣準備状態にあると診断され、その後東京女子医科大学附属脳神経センターに転医し、現在も同センターで治療を受けているが、治癒する見込みがない。原告の右傷害は春夫の前記加害行為に因るものである。

4  春夫は本件事故当時八才一か月の少年で、その行為の責任を弁識するに足りる能力を有していなかったから、その親権者である被告乙山次郎が法定の監督義務者として原告に対し損害賠償の責に任ずべきである。

5  小学校の教諭及び校長は学校における児童の生活関係につき法定の監督義務者に代わって児童を監督する義務を負うものであるところ、湯川教諭及び竹村校長は平素から児童に友達同志でけんかをしたり、人を殴ったりすることのないよう指導ないし教育すべきであるのにこれを怠り、児童の行動について監督を懈怠して、本件事故を未然に防止することができなかった。よって被告枚方市は民法七一五条または国家賠償法一条により原告に対し損害賠償の義務を免れない。

6  原告が本件事故によって被った損害は次のとおりである。

(一) 療養費二一一、二八七円

坂根医院三、〇〇〇円、関西医科大学附属香里病院六、三七三円、大阪警察病院五三、一五八円、諏訪外科二、六七五円、東京女子医科大学附属脳神経センター一三二、二八一円、通院交通費一三、八〇〇円

(二) 慰藉料二、〇〇〇、〇〇〇円

原告は前記受傷により脳波に異常を来たし、現在も毎月二回ぐらい頭痛、嘔吐しててんかん症状を呈し、突然の発作で意識を失うことがあるので、危険で一人歩きができない状態である。症状固定、治癒の見込みもなく、労働能力を喪失したまま一生を送らねばならない。これらの精神的損害を慰藉するには二、〇〇〇、〇〇〇円を相当とする。

(三) 弁護士費用二〇〇、〇〇〇円

被告らは本件事故に関し、その損害賠償責任を回避したために、原告はやむなく本訴の追行を原告代理人に委任し、その成功報酬として二〇〇、〇〇〇円を支払うことを約した。

7  よって被告らに対し各自右金員の合計二、四一一、二八七円及び内金二、〇〇〇、〇〇〇円に対する本件事故発生の翌日である昭和四五年六月二五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告乙山次郎の認否及び抗弁

1  請求原因1は認める。

同2は否認する。

同3は不知、但し負傷原因の点は否認する。

同4は争う。

同6のうち、(一)(三)は不知、慰藉料額は争う。

仮に、原告の負傷が春夫の所為に基因し、且つ本件事故が原告主張の日時、場所において発生したとすれば、本件事故の損害賠償責任は代理監督者である訴外湯川、同竹村及び両名の使用者である被告枚方市にあるのであって、被告乙山は監督義務者として子の加害行為につき通常損害賠償責任を負うべきであるとしても、学校関係者の監督下にある間は、その範囲内で免責されるというべきである。

三  被告枚方市の認否及び抗弁

1  請求原因1は認める。

同2は不知。

同3のうち、原告がその主張にかかる各医療機関で治療を受けたことは認めるが、その余は不知。

同5は争う。

同6のうち、(一)は不知、(二)は争う、(三)は弁護士費用が二〇〇、〇〇〇円であることは認め、その余は争う。

2  仮に本件事故の発生が認められたとしても、次の理由により、被告枚方市には責任がない。

(一) 竹村校長、湯川教諭の監督義務の範囲は学校内における教育活動ないしこれに準ずる活動に関する児童の行動部分に限定されるべきである。児童間の不法行為についていえば、加害者である児童の行動が教職員の監督しうる具体的な教育活動及びこれに準ずる活動に随伴して行なわれたものであった場合に、はじめて教職員の監督義務の違背の有無を問題とすべきである。春夫の原告に対するその主張の加害行為は、授業開始前職員会議開催中に発生したものであるから、右校長らに監督義務はなかったのである。

(二) 教職員が監督義務を負うのは、児童間の不法行為については、当該不法行為があらかじめ予想しうる場合でなければならない。けだし予測不能性のないところに注意義務が発生する筈はないからである。これを本件についてみると、児童が始業前の教室内に待機すべき時間に、暴行を働くために凶器を持って教室外に出るということは、全く異常な事態であり、通常その発生を予測し得るものではないし、またこれを予想すべき特別の事情もなかったから、右校長らには監督義務は生じていなかった。

(三) 竹村校長、湯川教諭は十分に監督義務を尽していたものである。すなわち、○○小学校では児童に対し、午前八時四五分の第一予鈴で教室に入って、教室内で本を読んだり漢字の練習をするように指示しており、これに反して教室外に出る児童に対しては、その都度厳重に注意するという形で、監督を行なっていた。また、児童間のけんかについては、けんかがあるたびにこれを注意し、殴ったりすることはいけないと指導しているのである。

3  仮に、被告枚方市に損害賠償の責任があるとしても、本件事故は原告が本来教室に入っているべき時間に校門付近に一人出ていたため生じたものであるから、その損害賠償額の算定について、原告の右過失を斟酌すべきである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫を総合すると、原告は昭和四五年六月二四日朝登校して一旦教室に入ったが、午前八時四五分頃第一予鈴が鳴ったのに、同じクラスの親友Fの姿が見えなかったので、様子をみに校庭に出て、校門付近で同人の登校を待っていたところ、後方から近づいてきた加害者(加害者については後述する。)に折たたみ式のパイプ椅子のようなもので頭部を強く殴られてその場に倒れたことが認められる。

三  ≪証拠省略≫によると、原告は同日担任の田中久美子教諭に右事故を報告することなく平常通り授業を受け、午後一時頃帰宅したが、暫くしてはげしい頭痛、嘔吐におそわれたので近くの坂根医院で診察を受けたところ、治療約一週間を要する頭部打撲症と診断されたこと、その後も高熱が続き同月二九日関西医科大学附属香里病院で診察を受けたところ脳波に特異所見が認められ、同病院から脳神経外科の専門医に受診するよう勧められたこと、同年一〇月二二日以降大阪警察病院で治療を受けていたが、翌四六年六月一八日の脳波検査で明らかにてんかん波の出現が認められ、頭部外傷後遺症と診断されたこと、その頃よりときどき精神運動発作をおこすようになり、昭和四七年五月二九日以降東京女子医科大学附属脳神経センターで治療を受けているが、脳波異常が顕著であり、現在もしばしば頭痛発作と精神運動発作がみられること、以上の事実が認められる。そして≪証拠省略≫によると、原告は本件受傷に至るまで前記のような症状を呈したことがなく、家系にもてんかんの遺伝のないことが認められ、これらの事実と≪証拠省略≫をあわせ考えると、右脳波異常精神運動発作等の出現は本件頭部強打によるものとみるのが相当である。

四  そこで加害者について検討するに、前掲二記載の各証拠を総合すると、右加害者は枚方市立○○小学校の児童であり、右強打は児童間のけんかないしこれに類する行為であることが認められる。

しかし、≪証拠省略≫のうち、加害者は当時同校二年生であった春夫であるとする部分は、≪証拠省略≫に照らして措信しがたく、他に春夫が加害者であると認めるに足りる証拠はない(尤も、≪証拠省略≫によると、同日頃、春夫が原告の教室の前付近で原告の頭を素手で二回ぐらい殴ったことが認められる。しかし右暴行が本件傷害の原因であると解すべき資料はない。)よって、加害者が春夫であることを前提とする原告の被告乙山次郎に対する本訴請求部分は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

五  次に≪証拠省略≫によると、本件事故当時○○小学校では午前八時四五分に第一予鈴を鳴らして児童に対しそれぞれの教室に入るべきことを告げ、午前八時五五分に第二予鈴を鳴らして授業開始時刻の接近を知らせ、午前九時から授業を開始するが、児童は第一予鈴の時刻までに登校し、その時刻から授業開始まで各自教室で予習を行うことを指示されており、教職員は第一予鈴時刻以前に出勤し、午前九時までの間に職員室で当日の授業、行事等の打合せをしていたことが認められるから、右時間帯においては、教職員が専ら校内を管理し、授業に備えて児童を校内に待機させていたものとみるべきであり、かつ、同校の児童は、就学年令から計算すると、事故発生当時およそ六才二か月から一二才二か月までの者であって、自己の身体に対する危害を自ら回避防禦する能力が不足し、他面思慮分別に乏しく、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を具えていなかったといえるから、少くとも校長は、第一予鈴の時刻から授業開始までの間、校内において、児童間のけんかないしその類似行為により傷害事故が発生することのないよう、児童を保護し監督する義務があったと解するのが相当である。

被告枚方市は、本件事故の発生は授業開始前職員会議開催中であって、児童の行動を監督できないから、教職員に監督義務はなかったと主張するが、≪証拠省略≫によると同校では事故発生当時職員会議を開いていなかったこと、当時在校児童の数は五〇〇名程度であったことが認められ、校長は右自習時間中教職員に校内を巡視させるなど適宜な措置によって児童を監督することができなかったわけではないから、右主張は理由がない。

さらに被告枚方市は、本件事故は異常な出来事であって学校側にとって予測できないものであるから、前記加害行為を防止すべき注意義務はないと主張するが、児童が授業時間外に校内で素手あるいは器物をもってけんかをすることは、予測されないものとはいえないから、右主張も採用しない。

六  しかるところ、≪証拠省略≫によると、同校では、児童がけんかをしたことが判明した都度関係児童を訓戒し、また第一予鈴以降授業開始までの約一五分間は教室内で各自予習するよう児童に指示しているだけで、他に監督上格別の措置は行なっていないことが認められるから同校の校長は、前記監督義務を尽していないものというほかなく、本件事故の発生につき過失があったと解さざるを得ない。

そして、右校長に過失があった以上、被告枚方市は国家賠償法一条により原告の損害を賠償すべき義務がある。

七  そこで原告の損害額について検討する。

(一)  療養費二一一、二八七円

原告がその主張の各医療機関で診療を受けたことは、被告枚方市との間では争いがなく、前記三の事実及び≪証拠省略≫によると、右診療は本件傷害治療のためであったことが認められ、≪証拠省略≫によると、原告は右治療費として坂根医院に三、〇〇〇円、関西医科大学附属香里病院に六、三七三円、大阪警察病院に五三、一五八円、諏訪外科に二、六七五円、東京女子医科大学附属脳神経センターに一三二、二八一円をそれぞれ支払ったことが認められ、さらに≪証拠省略≫によると、原告は大阪警察病院に四六日通院し、その通院交通費として一万三、八〇〇円(一日三〇〇円)を支出したことが認められる。

(二)  慰藉料二、〇〇〇、〇〇〇円

本件事故による原告の慰藉料は、後遺症の程度、原告の年令その他一切の事情を斟酌すると、原告主張のとおり二、〇〇〇、〇〇〇円をもって相当と認める。

(三)  弁護士費用二〇〇、〇〇〇円

≪証拠省略≫によると、原告は本訴提起前に被告枚方市と治療費等の支払について話し合いを試みたが、同被告がその支払を拒否したため、やむなく本件訴の提起を弁護士葛城健二に委任したことが認められ、その約定報酬額が二〇〇、〇〇〇円であることは被告枚方市もこれを争わない。そして本件事案の内容、請求額等に照らすと、右費用二〇〇、〇〇〇円は本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

八  被告枚方市は過失相殺を主張するけれども、教室内で自習すべき時間に級友を探すため校庭に出たことをとらえて過失があったとし、損害賠償の算定につき斟酌するのは相当でないから、右主張は採用しない。

九  よって、原告の被告枚方市に対する請求は理由があるからこれを認容し、被告乙山次郎に対する請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 増井和男 米田絹代)

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